SaaSの次の潮流として注目される「BPaaS(Business Process as a Service)」。アメリカではすでに成果を上げ、成長市場として存在感を高めています。
では、日本ではどうか?
“BPaaS元年”ともいわれる2025年──この新たな仕組みは本当に日本で成長し、日本の99.7%※を占める中小企業が直面する、人材不足の課題と”空白”を埋める存在となりうるのか。
中小企業のDX支援に取り組んできた株式会社kubellパートナー代表取締役社長 岡田亮一氏へのインタビューを通じて、日本市場が抱える課題と、BPaaSが担う可能性を紐解きます。
※2024年版中小企業白書より
なぜいま、BPaaSが注目されるのか?
——SaaSでは中小企業の課題が解決しきれていないという声も聞かれます。なぜ今、BPaaSが求められているのでしょうか?
岡田氏: BPaaSが注目されている背景には、中小企業とSaaS企業それぞれが抱える構造的な課題があります。
まず中小企業の現場では、DXがいまだ手つかずのまま、人材不足や業務の属人化が深刻化しています。本来ならSaaSを導入して効率化を進めたいのですが、ツールを選定し導入し、定着させる旗振り役の人材が社内に存在しない。結果として「入れたけれど使いこなせない」「結局元のやり方に戻ってしまう」ということが頻発しています。
一方でSaaS企業も課題を抱えています。中小企業への浸透が思うように進まず、新規顧客の開拓が頭打ちになりやすい。そのため、既存顧客に対する機能追加や周辺領域への拡張に頼らざるを得ない状況です。さらに、2022年以降の米国金利上昇によって投資家の評価軸が「成長」から「利益」へとシフトし、広告投資などの成長戦略にもブレーキがかかっています。
このように、中小企業はDXの波に取り残され、SaaS企業も拡大余地を見出しにくくなっているなかで、双方の課題を橋渡しできる存在としてBPaaSに注目が集まっているのです。
——実際に、日本国内でもBPaaSの認知は広がっているのでしょうか?
岡田氏: SaaS企業側では、自社の成長戦略の一環としてBPaaSを意識し始める動きが出てきています。ただ、中小企業側からの能動的な問い合わせはまだ限られており、市場全体としてはまだ黎明期と言えるでしょう。今後、成功事例が積み重なることで一気に普及フェーズに移る可能性があります。
海外で成功するBPaaSのモデルとは
——アメリカでは、BPaaSがすでに活用されていると聞きます。
岡田氏: たとえばアクセンチュアやIBMといった大手企業は、BPaaSをさまざまな領域で推進しています。なかでも、Paychexという人材管理サービス企業は「Paychex Flex」という自社SaaSを基盤に、人事・給与・保険などを一気通貫で提供しています。SaaS単体の提供ではなく、実際の業務処理まで巻き取ることで、BPaaSの強みを活かした高収益なモデルを実現しています。
もちろん、米国と日本では法制度や雇用慣行が異なるため、単純に移植することはできません。しかし、「中小企業をメインターゲットに据え、SaaSと人によるオペレーションを組み合わせる」という点は、日本市場でも大いに参考になります。
人口減少社会でこそ、BPaaSが伸びる
——日本におけるBPaaS市場の成長性については、どう見ていますか?
岡田氏: BPaaSは、テクノロジーコストが人件費よりも安くなる国において、特に合理性を発揮します。生産年齢人口が減少している日本や欧米諸国とは相性が良いといえるでしょう。今後ますます「人が足りないのに仕事は減らない」状況が深刻化していくなかで、BPOやBPaaSといったアウトソース市場は拡大するはずです。
特にBPaaSは、まだ市場が未成熟で「これからの領域」です。AIや自動化技術の進化によって低コスト化が進めば、中小企業にとっても導入しやすい価格帯に近づいていきます。
日本の企業のうち99.7%が中小企業です。需要と供給の両面で、BPaaS市場の成長余地は非常に大きいと見ています。
——大企業にも今後、BPaaSは広がっていくのでしょうか?
岡田氏: すでに一部の大企業ではBPaaS活用が始まっています。今後、AIの進化によって柔軟かつ高精度な業務代行が可能になれば、従来BPOで担ってきた業務の一部がBPaaSに置き換わっていく流れは確実に加速するでしょう。
「タクシタ」が生まれた背景
——kubellグループが展開する「タクシタ」は、どのような経緯で立ち上がったのですか?
岡田氏:私たちはまず「Chatwork DX相談窓口」というサービスを提供していました。中小企業の課題に応じて最適なSaaSを紹介するものでしたが、実際には「導入後の運用が壁になる」という声が多かったんです。
「せっかく導入しても活用できなければ意味がない」。その問題意識から生まれたのが「タクシタ(Chatwork アシスタント)」です。導入から運用までを一気通貫で支援することで、初めて“本質的なDX”を実現できると考えました。
——具体的にはどのようなサービスなのでしょうか?
岡田氏: 中小企業が日常業務をオンラインでアウトソーシングできる仕組みです。単なる人力による業務代行ではなく、専任の担当者がSaaSやAIエージェントなど最新のテクノロジーを組み合わせながら最適な業務設計を行います。たとえば経理業務なら、お客様はSaaSの契約だけを行い、アカウントを共有いただければ、以降の運用は私たちが代行します。お客様がツールの操作方法を覚える必要はありません。さらに業務プロセス改善やシステム導入支援といった提案も行なっています。
Chatworkで培ったkubellグループの強み
——競合他社のBPaaSと比べたとき、kubellグループの強みはどこにあるのでしょうか?
岡田氏: 大きく二つあります。第一に、自社プロダクトに限定せず幅広いSaaSに対応できること。第二に、「Chatwork」という日常的なコミュニケーションツールを持っていることです。
SaaS企業が提供するBPaaSは、自社製品の運用に限定されることが多いですが、kubellは経理・労務・総務・採用・Web制作など幅広い領域をカバーしています。これは業務知識とITスキルを兼ね備えた人材を採用・育成してきたからこそ実現できることです。
さらに、「Chatwork」という日常的に利用しているコミュニケーションツールから直接依頼できる点は中小企業にとって大きな利便性です。普段使い慣れたチャットツールを通して依頼できることで、BPaaS導入の心理的ハードルを大きく下げられます。将来的に裏側の代行部分がAIエージェントに置き換わっても、インターフェースが変わらなければ違和感なく利用できるでしょう。
——90万社以上が「Chatwork」を利用している点も、kubellグループにとって大きなアドバンテージですね。
岡田氏: おっしゃるとおりです。既に確立された顧客基盤を持っていることで、広告費を過剰に投じる必要がなく、その分、運用効率化や新機能開発にリソースを集中できます。
また、BPaaSを通じて開発したAIエージェントをチャットのインターフェースと接続することで、瞬間的に90万社以上のユーザーにサービスを届けることができます。これは他社にはない強みです。
——今後のサービス展開について、展望をお聞かせください。
岡田氏: 現状は経理や労務といったバックオフィス領域が中心ですが、今後はマーケティング支援や営業サポートなど、フロントオフィス領域にもサービスを広げていきたいと考えています。中小企業にとっては「売上を伸ばす部分」こそ支援ニーズが高いため、そこに踏み込むことは大きな価値提供につながります。
また、AIの活用を一層進めることで、コストを抑えながら柔軟なサービスを実現していきます。たとえば正確性が求められる業務は現在人が最終チェックを行っていますが、将来的にはAIに業務ルールを学習させ、問い合わせや運用を自動化することで、より低コストかつ迅速な支援が可能になると考えています。
さらに、BPaaSの提供を通じて蓄積する知見を活かし、将来的にはAIエージェントそのものを開発し、多くの中小企業が日常的に使える形で届けていきたい。人とAIが協働する新しい働き方を実現し、日本の99.7%を占める中小企業の生産性を底上げしていくことが、kubellの目指す方向性です。
SaaSの限界を超え、DXを現実のものにする新たな選択肢──BPaaS。その可能性をいち早く捉え、強みを活かして市場を切り拓くkubellグループの取り組みは、今後の中小企業の働き方に大きなインパクトを与えるかもしれません。