士業の仕事は、AIとBPaaSでどう変わるのか──「専門家しかできないこと」を問い直すの画像1

AIが「作業」だけでなく「実務」を担い始めた今、士業の仕事もまた、変化の波と無縁ではありません。

契約書作成や手続き代行といった従来の業務の一部はAIに置き換わりつつある中で、専門家にしかできない仕事とは何か。

企業法務の最前線に立つLegal Agent CEOであり弁護士の朝戸統覚氏と、社労士法人ミナジン 共同代表であり社会保険労務士の中弥希氏に、AIとBPaaSがもたらす構造変化と、これからの士業の価値について話を聞きました。

業務が変化する一方で危機感は二極化

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——生成AIの登場で多くの仕事に変化が起きています。士業においては、生成AIの登場前と後ではクライアントからの相談内容に変化はあるのでしょうか?

朝戸:私は企業法務を専門にしている弁護士なので契約書作成やレビューの依頼を受けることが多いのですが、依頼前にAIで作成やチェックを行ったうえで持ち込まれることが増えていると感じます。

AIの指摘が的を射ていることもあれば、的外れなこともありますが、クライアントがAIの回答で納得してしまい、結果的にこちらへの依頼に至らないことも増えているのではないでしょうか。今後、我々がプロフェッショナルとしてどこまで付加価値を出せるかが問われていくと感じています。

中:社労士の領域でも、事前にAIで調べたうえで相談に来られる方が多く、突然のご相談になると、相談時点で情報量がこちらを上回るケースもあります。私たちも法律や判例を常に記憶できているわけではないため、不意の相談になると、相手の方が情報量が多いことによって、回答にためらいが生じることが出てきました。


——すでにAIに任せられるという業務はどういった部分になるのでしょうか?

朝戸:大企業に多いのですが、自社の定型契約書があり、レビュー基準も社内で明確に定められている場合には、契約書とルールをAIに読み込ませることで、かなり高い精度で修正まで対応できる段階に来ていると感じています。

私個人の見解にはなりますが、企業法務を専門とする弁護士のなかでも、従来と同じ業務のあり方のままでは、役割の見直しを迫られるケースも出てくるのではないか、という危機感はありますね。


——そうした危機感を抱く士業の方は多いのでしょうか?

朝戸:同じように感じている方もいますが、数年前にChatGPTが登場した当時の、ハルシネーションが多くて使えない、という印象のままの方もまだまだ多い印象です。

しかし現在のモデルであれば、定型的な業務だけではなく、例えばM&A案件や、JV案件、複雑な訴訟案件などにおいても、適切な資料を渡して、適切な指示を与えれば、かなり精度の高いアウトプットが、生成AIによって出力されるレベルにまで来ています。

こうした大きな変化により、これまで人が担ってきた実務の一部がAIに置き換わっていく可能性は十分にあると感じています。

中:社労士でも、あまり危機感を抱いていない方が多いと思います。朝戸さんがおっしゃるように、すでにAIが担える業務は単純作業の領域を超えてきていると感じます。

大規模ベンダーの技術革新が提供価値の標準化を促し、人が担ってきた業務がAIへと移行していくと予測しています。私は、自分自身がその波をつくる側にならねば生き残っていけないと考えているのですが、同じような予測をしている士業の方々はまだまだ多くありません。

AIに代替されない、専門家の「判断」とは何か

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——AIが担える業務範囲がかなり広くなっているとのことですが、逆に人が提供することで価値がある業務とはどのようなものでしょうか?

朝戸:弁護士の、しかも企業法務の領域でいうと、法律にもインターネット上にもない、実務の延長にある言語化されていない一次情報を取り扱って仕事をするという部分や、クライアントとコミュニケーションをとること、また案件対応の方向性を決めるといった、「人間としての」業務は、やはりプロフェッショナルが行うべきだと思っています。

プロフェッショナルとして、守秘義務の対象になっている情報であって、実際の実務でしか共有されていない「暗黙知」の部分を、プロフェッショナルとしてどれだけクライアントに対して付加価値をつけて提供できるかが、今まで以上に重要になってくるのではないでしょうか。

あとは、現状ではAIのアウトプットが100%正しいとはいえないため、専門家による判断はまだ必要だと思っています。

中:社労士の業務では、法令に基づく明確な回答だけでなく、実務上どのように運用していくべきかといった、一歩踏み込んだアドバイスを求められる場面も少なくありません。

こうした内容は、状況や前提によって判断が分かれるため、テキストとして明文化しづらく、対話のなかで個別に伝えることが多い領域です。このような文脈を踏まえた助言は、現時点ではAIだけで完結することが難しい部分の一つだと感じています。

朝戸:弁護士業務でも、基本的には同様の場面があります。とくに私のクライアントには新規事業を立ち上げる企業が多く、法令の文言だけでは判断しきれないケースも少なくありません。

そのため、他社事例なども参考にしながら、個別の状況に応じて判断していくことになります。また、クライアントがどの程度のリスクを許容できるのかによっても、最適な判断は変わってきます。

中:弁護士の方々は「裁判」という、人と人が対話する仕事があることが強みですよね。士業に限らず、不備があった際に謝罪する、最後に責任を取るなど、対話によって人の心理を動かす業務は、人が提供することによって価値が出るものだと感じます。

BPaaSが変える、士業サービスへのアクセス格差

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——士業領域でも導入が拡大しているSaaSについてはいかがでしょうか?実際の現場で課題となっていることはありますか?

中:社労士業務だと、一号業務と呼ばれる手続き代行、二号業務と呼ばれる帳簿や規則の作成にあたる部分にSaaSを活用することになります。加入する保険や年金の種類など、その判断が非定型なところさえ人が判断して入力できれば、あとはSaaS上の定型のとおりに業務が流れていきます。

しかし、判断の部分で人の持つスキルや知識が必要になります。

朝戸:SaaSはプロフェッショナルである人が判断する部分が多く、使いこなせる人がいないと成り立たないですよね。本来、労働人口の減少に対して有効なツールのはずが、そもそも使いこなせる人材が少なく、法務や労務は人件費が高く採用も容易ではありません。

SaaSを活用した内部の人員の業務効率化に限界が来ていることも、BPaaSやBPO、AIに注目が集まる要因なのでしょうね。


——士業×BPaaSの普及が実現すれば、これまで士業の方々への依頼が難しかったクライアントに裾野が広がるのではないでしょうか?

朝戸:そうですね。1人あたりが担当できる範囲が広くなることで単価が下がりスピード感も上がることで、中小企業や地方企業の方々にも活用してもらいやすくなるのではと感じます。もちろん、顧問弁護士よりも低単価で多くの案件に対応できるという点で、大企業からのニーズも増えるのではないでしょうか。

これによって、大企業と中小企業の「法務格差」が是正される可能性もあると考えています。

中:中小企業の場合、どうしても経営層やコア人材が、労務や人事といったノンコア業務に時間を割かざるを得ない状況があります。BPaaSによってクライアントの裾野が広がることで、これまで以上にコア業務へ注力しやすくなるのではないでしょうか。

社労士の役割は、単なる手続き代行ではなく、企業が適正かつ持続的に成長するための土台を支えることにあります。そうした価値を広く届ける手段として、BPaaSは有効だといえるでしょう。

AIの先で問われる、士業の「人間としての質」

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——士業にAIや、AIを活用したBPaaSが普及して、そうした事業展開をする事務所が増えた場合、差別化となるポイントはどこになるのですか?

朝戸:最終的には、フロントに立つ人の質に依存していくのではないでしょうか。たとえば私の場合、自身で起業し資金調達も経験しているため、そうした実務的な知見を踏まえた助言ができる点は強みだと考えています。

先述の企業の方向性とすり合わせながら対応する力や、一般には出回っていないノウハウも差別化の要素になるでしょう。

中:社労士の場合は、どの分野に専門性を置き、どう磨いていくかが重要になると考えています。規模の大きい社労士法人であれば専門領域を広げて総合力を高める、一方で小規模な社労士法人であれば需要の高い領域に特化して専門性を深めるといった戦略が考えられます。さらに大手であれば、AIを活用して件数やスピードといった効率性を追求する方向もあるかもしれません。

現在、社労士業務の中心は手続き代行ですが、そう遠くない未来にAIへの移行が進むことが考えられるため、今後はフロントに立つ人としての質や対話力がより重要になると考えています。その意味でも、三号業務である相談・指導といったコンサルティング領域に特化していく動きが重要になるでしょう。


——今後ますますAIやBPaaSの普及が予想される中、士業の価値はどう変化していくと予想していますか?

朝戸:どれだけ外に出ていない一次情報を持っているかや、コミュニケーション能力があるかなど、士業に求められる知識やスキルが一段と上がっていくことは間違いないと感じています。

中:ただ対面で会話ができればいい、ということではなく、人間としての対応力が求められますよね。また、そうした変化が起こると、本当にその仕事が好き、プロとして成長したい意志が強い方だけが残っていく世界になるのではないかと考えています。これは、士業に限った話ではなく、ホワイトカラー全体にいえることかもしれません。

朝戸:そうかもしれません。というのも、これまで私たちが、先輩たちを手伝いながら学んでいた時期に行っていた「下積みの仕事」がAIに置き換わってしまいます。人材育成のあり方も、大きく変化してしまうのですよね。

どうしても士業としてのスキルは経験値に依存してしまうと考えています。経験が積めないことで、個人によってスキル格差が生まれてしまうのではないかという懸念もあります。

中:私たちがこれまで抱いていた、教育が当たり前に与えられるという考え方そのものに対するマインドチェンジが必要になるかもしれませんね。

朝戸:逆にマインドチェンジを成し遂げた新人の中から、AIの力を活用して周囲の数倍のスピードで経験値を積み上げて成長の上限を引き上げる、「新世代の士業」のような方が生まれてくる可能性もありますね。

厳しさが増すという見方もありますが、一方でニーズが失われることはなく、新たな形で求められ続けるのではないでしょうか。

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AIによって業務の形が変わる今、士業に求められる価値もまた、新たな局面を迎えています。AIが士業の仕事を取って代わるのではなく、「専門家の仕事」の本質を、あらためて問い直しているのです。

士業の未来は、効率化の先でなお、誰かに必要とされる「対話と判断」にかかっているのかもしれません。