多様化する働き方の陰で広がる「ローカルルール」。人事と現場の認識ギャップが招くリスクと、組織ガバナンスの新常識

働き方改革の推進やITツールの普及に伴い、在宅勤務やフレックスタイム、副業の解禁など、日本の労働環境は急速に柔軟性を増してきた。企業の人事・労務部門もこれに対応すべく、就業規則の改定や制度設計に追われてきた経緯がある。
しかし今、企業の管理部門が認識している「制度の適用状況」と、現場のオフィスや現場管理職の「実際の運用」との間に、深刻な乖離(ギャップ)が生じている実態が浮き彫りになった。
人事の「8割OK」と現場の「6割ルール外」という衝撃
クラウド人事労務ソフトを手掛けるSmartHR(スマートエイチアール)が実施した「就業規則と働き方の実態調査」(人事・労務・総務の管理職および担当者249名対象)によると、自社の就業規則について「現在の働き方の実態を正しく反映している」と答えた割合は、実に81%(「完全に反映」「概ね反映」の合計)に達した。
一見すると、多くの企業で時代に即した労務管理が順調機能しているかのように思える。だが、調査をより深掘りすると全く異なる影の側面が見えてくる。
就業規則には明記されていない、あるいは原則禁止されているにもかかわらず、現場で慣例的に行われている「公式ルール外の働き方」が存在するかという問いに対し、約62%が「存在する」と回答したのだ。具体的には、「規定外のリモートワークの実施(22%)」や「事実上容認されている副業(21%)」などが上位を占める。
つまり、人事部門が「制度は実態に即して万全に整っている」と高を括っている裏で、現場の6割以上では就業規則にない“ローカルルール”が常態化しているという「二重構造」が露呈した格好だ。
「現場の善意」が招くガバナンスの形骸化
なぜこのようなギャップが生じるのか。根底にあるのは、業務を円滑に回そうとする「現場の適応力」と「制度アップデートの遅れ」のズレだ。
同調査において、就業規則では判断が難しい働き方の相談を受けた際、39%が人事部門に相談せず「過去の慣習や自身の基準で判断(33%)」あるいは「内密に許可(6%)」を出していると回答している。
現場の管理職からすれば、優秀な社員の離職を防ぎたい、あるいは急な業務都合に柔軟に対応したいという善意や現場判断から、なし崩し的に“例外”を認めてしまう。これが積み重なることで、部署ごとに異なるローカルルールが定着していく。
だが、労働法務やガバナンスの視点に立てば、この「内密の現場判断」こそが重大な経営リスクの芽となる。 「あの部署では認められているのに、自分の部署では禁止された」という不公平感は社員のエンゲージメントを著しく低下させる。それ以上に問題なのは、労災発生時やハラスメント・労働調査が起きた際、就業規則と運用の実態が食い違っていることで、企業側が法令違反や安全配慮義務違反に問われる懸念が生じる点だ。
「ルール違反の取り締まり」ではなく「実態の吸収」へ
労働環境に詳しい専門家は、「ローカルルールの発生自体を単なるモラルハザードとして責めるべきではない」と指摘する。むしろそれは、「既存の就業規則が現場の働き方のスピード感やニーズに追いついていないサイン」と捉えるのが妥当だ。
企業の成長や優秀な人材の確保において、柔軟な働き方はもはや不可欠である。しかし、それを「現場の目こぼし」に頼ったまま野放しにすれば、ガバナンスは崩壊する。
これからの人事に求められるのは、現場で発生している慣例やローカルルールを「リスク」として排除・処罰することではない。それらを早期に察知し、オープンな場に吸い上げた上で、社内FAQやガイドライン、さらには正規の就業規則へと昇華させていく「継続的なアップデートの仕組み」だ。
就業規則は一度作って作成・労働基準監督署へ届出をすれば終わりという「静的な文書」ではない。時代の変化や現場のリアルな働き方に応じて改定し続ける「動的なプラットフォーム」として機能させられるか否か――。今、企業の労務ガバナンスの真価が問われている。









