
国内の化粧品市場が大きな転換期を迎えている。長引いたコロナ禍が明け、インバウンド(訪国外国人)需要の復活や外出機会の増加に伴い市場全体は活気を取り戻しつつあるが、その内部ではかつてない「二極化」と「地殻変動」が進行している。百貨店を中心に高価格帯の「デパコス(デパートコスメ)」がインフレを追い風に堅調な伸びを見せる一方、ドラッグストアやバラエティショップを主戦場とする低価格帯市場は、韓国・中国系をはじめとする新興海外ブランドの台頭により、文字通りの群雄割拠、レッドオーシャンと化している。
この過酷な市場環境において、独自の存在感を放ち、若年層の支持を再び強固にしているのが、資生堂グループの「エテュセ(ettusais)」だ。1991年の誕生から30年以上の歴史を持つ老舗ブランドでありながら、同ブランドが近年に断行した構造改革とプロダクト戦略は、成熟した国内消費財ブランドが「いかにして次世代(Z世代・ミレニアル世代)と接続し直すか」という、マーケティングにおける重要な示唆を含んでいる。
2020年の「断絶と再生」:吉田ユニ氏の起用がもたらした記号化
エテュセの現代的な強さを語る上で外せないのが、2020年に実施された大規模なブランドリニューアルである。それまでの同ブランドは「ニキビや毛穴に悩む10代〜20代向けの可愛いプチプラコスメ」という、機能性と手頃さを前面に出したポジションをとっていた。しかし、競合が乱立する中でそのイメージは徐々に埋没。そこで同社が舵を切ったのが、「自由のステキ」を掲げた、エッジの効いたモダンな世界観への完全刷新だった。
このリニューアルにおいて象徴的だったのが、アートディレクター・吉田ユニ氏の起用である。彼女が創り出す、CGを一切使わずに人間の身体や植物、日用品を緻密に計算して配置するシュールレアリスム的なビジュアルは、SNS時代における「視覚的フック(フックの効いたクリエイティブ)」として完璧に機能した。直近の「2026年サマーコレクション」でも、水に漂う髪をレースに見立てた涼しげなビジュアルを解禁し、瞬時にSNS上で拡散されている。
単に「可愛い」から「洗練されたアート性の高いブランド」へと自らを再定義したことで、エテュセは価格競争のレイヤーから脱却し、所有すること自体が自己表現となる「エモーショナルな価値」を勝ち取ることに成功した。
トレンドを先回る「打率の高さ」:プロダクトアウトからトレンドインへ
だが、どれほどイメージ戦略が優れていても、中身(製品力)が伴わなければリピートは生まれない。近年のエテュセの凄みは、若年層のメイクの「細分化された悩み」を突く、極めて打率の高い商品開発力にある。
その好例が、今春にPLAZA等で先行発売され、SNSを席巻した「エテュセ マスカラ エクストラ ロング」だ。近年のアイメイクの潮流である「束感まつ毛(韓国アイドルを発端とする、まつ毛をいくつかの束にまとめるスタイル)」にいち早く着目し、新開発の「つぶつぶコーム」を搭載。ユーザーが手作業で行っていたピンセットでの束感作りを、マスカラ一本で完結させるソリューションを提供した。
また、累計出荷数200万個を突破している「スキンケアパウダー」から、毎年数量限定で投入される「クールタイプ」の戦略も巧妙だ。日本の夏が年々「酷暑化」する中、テカリやベタつきを抑える「ひんやり爽快」な使用感は、シーズン特有の強烈なインサイト(潜在ニーズ)に合致している。しかも、昼のメイク直しだけでなく「夜のスキンケアの締め」としても使える24時間処方にすることで、製品の利用サイクルを劇的に伸ばした。
市場のトレンドを静観してから追随するのではなく、自らが「トレンドベッター(トレンドへの賭け手)」となり、絶妙なタイミングで市場へ投下する。このスピード感と企画力が、競合ひしめくバラエティショップの棚で同社が主役であり続ける理由だ。
「資生堂グループ」というバックボーンと、独自性のジレンマ
エテュセのこうしたアジリティ(俊敏性)を支えているのが、親会社である資生堂が持つ圧倒的な研究開発(R&D)資産だ。プチプラ価格帯(1,000円〜2,000円台)でありながら、肌なじみの良い微粒子パウダーの処方や、汗・涙に強い耐久性といった「化粧品としての基礎体力」は、大手グループの知見がベースにあるからこそ担保できる。
しかし、大企業の傘下でありながら、エテュセは決して「小さな資生堂」にはなっていない。独立したブランドとして、マスに向けた全方位的なアプローチではなく、20代女性のライフスタイルに深く刺さる「抜け感」や「気品のあるミルキーカラー」といった、あえてターゲットを絞り込んだエッジを維持し続けている。これは、組織運営においてブランドの自律性が高度に保たれている証拠でもある。
総括:成熟市場における「老舗の若返り」の教科書
日本国内の人口減少に伴い、国内の化粧品パイそのものが劇的に拡大することは見込みにくい。その中で生き残るためには、他社のシェアを奪うか、あるいはユーザー一人当たりの購買頻度・LTV(顧客生涯価値)を高めるしかない。
エテュセの戦略は、その双方をクリアしている。30年超の歴史を持つブランドが、過去の成功体験(=ティーン向けの可愛いコスメ)を自ら否定し、アートとトレンドテックの融合によって「新生エテュセ」へと脱皮した姿は、他の成熟した日本企業にとっても大いに参考になるはずだ。
過酷な夏市場を前に、次々と放たれる同社の「限定クールコレクション」や「進化系アイライナー」が、今年の消費データにどう反映されるか。その動向は、単なる一ブランドの成否を超えて、今後のプチプラ・マス市場の行方を占う試金石となるだろう。




